居酒屋しまもと特別編 〜岩田さんの小咄〜




カランカランカラ〜ンと高らかな鐘の音が鳴り響いたのが遠くに聞こえた。
小さいながらも、いくつかの店が協力し合って行われている歳末セールの福引で当たりでも出たのだろう、
嶋本はカウンターの裏で「ええなぁ、俺も福引したいわ」と小さく呟いた。
ギャンブルの類は一切しないが、福引は運試しをするようで、あのガラポンの前に立つともう立派な大人だと
いうのにわくわくしてくる。そんな高揚した気分を味わうのが好きだった。

「シマ、神林君遅いですね」
厨房から高嶺が顔を覗かせて時計を見る。
足りない野菜の買出しに兵悟を通り向こうの八百屋に買い物に行かせたのは15分ほど前。普通なら10分もかからずに
戻ってくるはずなのに・・・もしや、さっき聞こえたあの音は・・・


「嶋本さ〜〜ん!」
勢いよく表の扉が開いて兵悟が駆け込んできた。
「アホ!営業中は裏から入ってこい、何べん言わすんや!」
「あ、す、すいません!興奮しちゃって。でも、見てくださいよ!!!」
ほら、と兵悟が野菜を入れたビニール袋から取り出したのは1枚の『二等賞品引換券』と書かれた紙。

「お、おまえ、二等当てたんか!!やっぱあの音、おまえやったんか!!!」
「すごいでしょ!?二等は一泊二日のスキー旅行ですよ!しかも温泉付き!!!一等の海外はまだみたいですけどね!」
いえ〜い、とブイサインをして、満面の笑顔で得意そうに兵悟は顎を上げて、胸を張る。

「帰ってくんのが遅い、思てたら・・・んじゃ、これは俺が預かるから、おまえは仕事に戻れ」
「へっ?何言ってんですか?それ、俺が当てた・・・」
「・・・福引券はどうやって手に入れたんや?」
「八百屋で買い物して・・・」
「その八百屋の買い物は誰が頼んだ?」
「・・・しまもと、さん・・・」

俺なら一等当ててたわ、と当選券を奪い取った嶋本は、もう一度その引換券に目を落とす。
「ん?なんや、これ旅行日決まっとるやないか」
「え?本当ですか?いつになってます?」
え〜っと、と嶋本が口にしたその日付は、生憎にも兵悟が前から言っていたある資格試験が行われる日。
どちらの方が比重が高いかは火を見るより明らかで、兵悟はガックリと肩を落とした。
「・・・じゃあ、嶋本さん、いいです。俺は諦めます・・・」
「ん〜、けどコレ土日やろ?俺やって稼ぎ時の週末に店閉めてのんびり温泉と行くわけにもなぁ・・・」


と、そこへトイレから戻ってきた一人の客が、すとんとカウンターの席に腰を下ろした。
「あ!岩田!そういやおまえ、最近スノボにハマっとる言うとったな!」
「へ?急になんですか?」
「スノボや、スノボ!どうや、少しは上達したんか?」
「もちろん!・・・と言いたいところだけど、全然ですよ〜。月に1,2回しか行けないし」

それだけ言うと、岩田はグラスをとんとカウンターに置いて「同じのもう1杯ください」と肘をついて頬に手を当てた。
「だって、お金もかかるし、スキー場遠いし。本当なら毎週行きたいのになぁ〜」
と深いため息をつく。

兵悟が新しく作った焼酎を受け取ると、半分ため息混じりにぐびっと一口、焼酎を飲み込む。
そういえば、以前もスノボの話になった時に言っていたな、と嶋本は思い出していた。
横浜からスキー場への交通費、大抵日帰りではないから、そのほかに必要になる宿泊代に食費や飲み代。
普通のOLの彼女にとっては月に2度も行けば、その月の生活は大変になってしまうのだろう。

ニヤリ。
嶋本の口に何かを思いついたような不敵な笑みが浮かんだ。

「なあ、岩田。おまえがスノボに入れ込んどるんは、よ〜く分かった。そこでな、コレや」
引換券を持った手をひらりと回して、大仰に彼女の前に差し出してカウンターの上にふわりと置いた。
何これ、と券を覗き込もうとする岩田の目を遮るように嶋本は上に手を置く。

「ここに福引の当たり券がある。無料温泉付きのスキー券や」
「えぇっ!!!タダ券!!!???」
「まぁ、最後まで話聞け。ここにおる神林が当てた。けどコイツは事情があって行けん。な、神林」
嶋本の意図は分からないが、とりあえずこくこく、と無言で兵悟は頷き返す。

「そんで俺がもろたんやけど、店閉めて行くわけにはいかん。さてどうするか、って所に岩田、おまえが来たんや」
「うそ!くれるの?マジで!?」
音を立てて椅子から立ち上がり、興奮したように岩田は大きく目を開いて身を乗り出す。
「・・・まぁ、やらんわけでもないな。そんかわし・・・」
「その代わり?何?何でもするから、嶋本さん、それちょうだい!ね、お願い!」


「そんかわし、おまえの会社の新年会、うちでやってくれたら、の話やな」
腕を組んで、どうや?とでもいうように嶋本は伏せた目を彼女に向かって投げかける。隣で神林は、
さすが商魂逞しい嶋本さん、と小さな拍手を送っていた。

「へ?そんな事でいいの?」
「「そ、そんな事!?」」
「別に構わないと思うけど・・・このお店、お気に入りだから他の人に知られたくなかったんだよなぁ〜」
どんな条件が、と思っていたらそんな簡単な事でいいのか、と拍子抜けしたように岩田はふっと鼻で笑った。

「だからか!おまえ、しょっちゅう来る割にいつも一人なんは!・・・ったく、複雑な気分や、そんな事聞いたら」
「あはは、ごめんね、嶋本さん。じゃあ10人くらいでいいかな?明日会社行ったら幹事役の人に言っておくからさ」
カウンターの上にあった引換券をするりとひっぱると、今度は岩田が手を回転させてチケットを手に持って微笑んだ。

「約束やで?」
「了解しました。破ったらその分、焼酎のボトルでも入れますから」
「・・・楽しんでこいよ?」
「恩に切ります。というわけで、焼酎もう一杯お願いします」
グラスに半分ほど残っていた焼酎を一気に呷って飲み干すと、岩田は嬉しそうに空になったグラスを高く掲げた。



神林が当て、嶋本が渡したチケットで彼女がスノボを楽しみ、頼んでいた新年会には約束した人数の倍の人数を連れてきて
店をてんてこ舞いの忙しさにした、というのはまた別の日のお話。






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あわわわわっ!!!あわわわわっ!!!!!(お、落ち着いて〜、私!!)
れいさんから素敵すぎる小説を頂いてしまいました!!
嶋と会話してる…>▽<(キャー)!!!
スノボの会話がリアルに自分で鳥肌が立ちました。嶋が岩田って呼んでくれた…!!
うわぁぁ、れいさん大好きーー!!!!
ですよね!嶋のお店は居心地良過ぎて誰にも教えたくないですよね!!

落ち込んだら、このステキ作品を読んでテンション上げてきたいと思います^^
本当に有り難うございますvv(アイコン作ったら釣りがくる程のお礼をいただいてしまいましたvv)



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以下独り言。
まさか頂き物をサイトに展示できる日が来るとは…思ってもいなかったから、頂き物をドドーンと飾れるコンテンツメニューがないんだな〜^^;(汗)
頂いたからには自慢げに克つ誇らしげに飾りたい!!
今度考えなきゃ♪